僕等のエデン
魔法は解けないまま
「え、うそ?」

携帯を開いてみっちょんからのメールを返そうとしたら、日付が変わりそうな時刻だった。
全然こんな時間だと思ってなかったから吃驚する。思わず零れた言葉に、飲み物を持ってきた滝沢くんが後ろから顔を出した。
ソファに座っていた私はそれにドキっとして、少し身を硬くする。


「どうしたの?」
「う、ううん。思ったよりだいぶ遅い時間だったから、ビックリしただけ…」


もごもごと答えて、滝沢くんから飲み物を受け取る。
滝沢くんは顔を引っ込めて、時間を確認した。
ふーん、なんて言いながら、いつもと同じように私の隣へ腰掛ける。
沈んだソファと、近付いた距離に、ドキドキする。
滝沢くんのシネコンに遊びに来るのは珍しくないけど、こんなに遅くまで長居することって、あんまりない。

(しかも、二人きり…)

みっちょんや、平澤くん達と一緒になら、夜遅くまでお邪魔してたことはあるけれど。
気が付いてしまった事実に、益々ドキドキしながら、私はちらりと滝沢くんの横顔を見つめた。

「帰るんなら、送ってくよ?」

にこり、と彼は笑って提案した。
その気遣いに感謝しながら、私は『ありがとう』と頷く。

私の家は、此処からそんなに遠くない。
今日も滝沢くんのビックスクーターに乗せてもらってきた。
もう珍しくもなんともないやり取りに、安堵して、だけどちょっとだけ残念な気持ちもある。
でも、せっかくの申し出を断ってまで、滝沢くんとこのまま一緒に過ごすことを望めない。流石に、そんな勇気、ないよ。

小さな声で、いつもみたいにお願いする。

「後で、お願いしてもいい?」
「いいよ」

微笑んで、滝沢くんは頷く。
私はその優しさに嬉しくなる。
でもちょっと恥ずかしいから、滝沢くんが持ってきてくれた飲み物で喉を潤して誤魔化した。

「今更なんだけど」
「うん」
「咲って、いつから一人暮らししてるの?」
「…滝沢くんが居なくなってから、わりとすぐだよ。ほら、あれで平澤くん、起業したでしょ?」

くしゃり、と微かに滝沢くんの表情が歪んだ気がする。
そういう顔をして欲しい訳じゃなかったから、慌てて言葉を続ける。
滝沢くんは、私達の前から姿を消してしまったことを、少し後悔してるのかもしれない。
後悔と言うよりは、悪かったな、って思ってくれてる気がする。
でも私達はそれを責めるつもりなんてないし、こうして戻ってきてくれた現実があるから、私はまた笑っていられる。

「私もお手伝いすることになったからね、家を出たんだ」
「そうなんだ?」
「うん。結構お金かかるから、貯金がなかなか出来ないし、ちょっと寂しいけど」

グラスの中の氷を見つめながら、そんなことを呟いた。
滝沢くんが消えてしまった時のことから、話を逸らしたかったのだ。
だって今この時、滝沢くんに悲しい思いをしてほしくないから。

「咲、寂しいの?」
「え? お姉ちゃんとか居ないし、ちょっと、ね」

豆柴も、一人暮らしする時に、実家に預かってもらった。
借りた部屋がペット禁止だったから…。そういう所が多いから、仕方ないけど。
それに、私しか相手できない環境においたら、豆柴が可哀想。その点、実家ならまだ遊び相手が居たから、たぶん豆柴にとっても、お姉ちゃんの所に居てよかったんじゃないかな、って考えるのはご都合主義かな。

グラスをテーブルの上に置いて、ぼんやり考える。
開きっぱなしだった携帯電話を閉じて、後でレスするね、とみっちょんに心の中で呟く。
急ぎの用件じゃないから、いいよね。


「……」


会話が止まってしまった。
なんでだろう、と疑問に思いながら、滝沢くんの様子を窺う。

滝沢くんはグラスを傾けて、氷をカラリと鳴らした。飲んでただけだったのかも。
…でも、もう飲んじゃったんだ。早い。何でそんなに早く飲んじゃうんだろう。

くるりくるりとグラスを回して氷を揺らすと、滝沢くんはグラスをテーブルの上に乗せた。
私が置いたグラスの横に、並べるように置くのを、ただ見ていると、滝沢くんが振り向いた。


「咲、俺と一緒に暮らさない?」
「…え?」


にっこり。
邪気のない顔に浮かんだ笑顔は晴れやかで、瞳は無邪気に輝いていた。

─── 咲、俺と一緒に暮らさない?

何ソレ、どういう意味なの滝沢くん…!?
反芻した言葉は私の胸をぐちゃぐちゃに掻き乱して、唇から零れた声は小さく、戸惑った視線を彼へ向けたけれど、目の前には揺るがない笑顔があるだけだ。
なんて答えればいいのか、自分がどうしたいのか、その真意が何なのか分からないまま混乱している私の答えを、滝沢くんはただじっと、何も言わずに待っていた。

ごーん、と。
何処か遠くで、十二時を告げる音が聞こえた気がしたけど。
このドキドキは、収まらない。滝沢くんの瞳から、目を逸らせない。

解けない魔法があるんだと、きゅっとなる胸を押さえた私はもう、とっくに知っていた。
End
◇ Data memo ( 作者:哀華 )
時期:劇場版U/After/滝沢帰還後/同棲前
糖度:そんなでもない。
設定:デート帰りか何か。
補足:たっくんが同棲を申し出るネタ

『 魔法は解けないまま 』   2010.04.19.

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