僕等のエデン

ガラガラガラガラ
4つの小さなタイヤが床の上を滑るだびに小さな揺れと音をたてる。
黒いカートの上には、水色の籠が一つ当たり前にように乗っているけれど、その中は未だ空だ
ちらりと横を見ると、片手でカートを押しながらきょろきょろと食品売り場を見ている滝沢くんの姿
私が押すつもりだったカートはさり気無く彼の手に奪われてしまい、少しだけ手持ち無沙汰になってしまう

「で?何買うの?」
「滝沢くんは何が食べたい?」
「俺は咲の作るものなら何でもいいよ」

…滝沢くんは何でもかんでもすること成すこと、王子様に思えてしまうから困ったものだ
何も言わずにカートを押してくれることも、今みたいに…私を喜ばせてくれることも彼は何事も無いようにしてくれる
それに慣れる事のない私はきっと一生、滝沢くんには負けてしまうんだろうなって思った
滝沢くんは黙ってしまった私に微かに首を傾げて瞬くと何か聞こえたのか視線を彷徨わせる

「?」

止まった視線の先には冷しゃぶのCMが流れていた
もしかして食べたいのかな?…じゃあ今日は冷しゃぶとサラダうどんを組み合わせたもので良いかも
サッパリしてるけどボリュームもあるし、夏らしい夕ご飯になりそう

「滝沢くん、夕ご飯冷しゃぶサラダうどんで良い?」
「…うん、勿論!」

声をかけると少しだけ驚いた様子で私を見た後、ふわりと柔らかく嬉しそうに笑って頷いてくれるから私も思わず笑顔になった
私と滝沢くんはレタスやキュウリとかトマトその他野菜を籠に入れてから、安売りしていた広告のしゃぶしゃぶ用の豚肉を籠の中に入れる
…調味料の類はちゃんとあるよね?と聞いたら、塩、胡椒、砂糖は確実にあるよ?となんとも頼もしくも切ない返事が返ってきた
滝沢くん、本当に今まで一体何を食べてきたんだろう。出来合いのものばっかりとかじゃないよね?
とりあえず、あっても困らないお味噌とか…マヨネーズとケチャップにお醤油を探しに行って、あ…そうだ麺つゆも買わないと。
うう…もうちょっとしっかり滝沢くんのキッチン情報を仕入れておくべきだった…!
お酒がいっぱいあった…料理の機材は揃ってるくらいしか見て無かったよ、失敗。

「ママー!まってまってぇ!」

はっとして顔を上げると目の前を女の子が赤い箱を持って走っていく
精一杯背伸びをして籠の中にその箱を入れると、お母さんらしき女性は苦笑いしながら「一つだけよ」と呟いていた
その様子を見てから女の子が走ってきた方を見るとお菓子売り場が広がっている
両脇に並ぶ色々なお菓子に目移りしていると、ついと肩を引く暖かい温度

「え?滝沢くん?」
「お菓子コーナーとか久し振り!咲なに食べたい?」

見上げた先の滝沢くんはなんだか子供みたいに楽しそうな表情をしていて、私は自然と綻んでしまう
滝沢くんの後に続いてしゃがみながら駄菓子コーナーを見ていると懐かしい輪っかのチョコレートとか、飴がいっぱい並んでいる
小さい頃お姉ちゃんと一緒に買ってもらったりしてたっけ…
あの頃は30円とかのお菓子で凄く喜んでて、お店を出た後の楽しみだったなぁ
なんて、懐かしみながら輪っかのチョコレートを手に取ると、私の隣では滝沢くんが腕を組んで悩んでいる姿

「どうしたの?」
「んー、咲甘いのと苦いのどっちが良い?」
「え?…どっちかといえば、甘いのかな」
「了解、じゃあこっちね」

そういって手に取ったのはさっきの子供が持っていた物と同じ赤い箱のチョコが掛かったプレッツェル。
もしかして私が見てたの、気付いたのかな?
そんな風に思いながら「溶けないうちに帰らなきゃだね」と笑うと、滝沢くんも笑った
カートを引いてもらいながら他愛もない会話をして、他の材料も買ってレジに並ぶ
袋に詰めた時も、さり気無く重い方を私から遠ざけて持ってくれる
本当、滝沢くんは紳士…みたい。
歩幅も私に合わせてくれるし、車道側は私は一切立たせて貰えない。小さな気遣いがくすぐったいけど、やっぱり嬉しいと思う

「…っと、咲」
「あ…」
「ちょーっと暑いけど、許して」

滝沢くんの指が、するり、私の指に絡まると力強く握られる
その感覚に瞬時に心音が大きく高鳴った…。熱い掌、じわりと汗が纏わり付く
この熱さは、気温のせい?それとも私の緊張のせい?…もしくは、滝沢くんの…せい?
私は握られた手を見ながら、自分の口許が緩くなってしまうのを必死に止めて歩き続ける
隣で、滝沢くんがクスリ。笑った。



紳士的王子様

(…咲って料理得意なの?)
(得意というか、普通、だと思うけど)
(めちゃくちゃ美味いよ、プロみたい)
(そ、そうかなぁ…?)

End
◇ Data memo ( 作者:裡緒 )
時期:劇場版U/After/同棲中/夏
糖度:まぁまぁ。
設定:お買い物デート
補足:…補足することが無いと思われますw

『 Sweet? 』   2010.05.05.

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